大阪高等裁判所 平成6年(ラ)67号 決定 1994年4月19日
抗告人 乙山ゆり
相手方 甲野太郎
事件本人 乙山はる 外2名
主文
原審判を取り消し、本件を和歌山家庭裁判所に差し戻す。
理由
第一 抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書記載のとおりである。
第二 判断
原審は抗告人の申立てを却下したが、その理由は、要するに、相手方は無職で収入がなく、また、多額の負債を抱えていて、経済的余力がないというものである。
しかし、原審の右の理由及び結論は、いずれも是認することができない。その理由は次のとおりである。すなわち本件申立てを却下するには、以下の諸点において、なお調査、検討すべきものであるから、これらの点の解明をしないで本件申立てを却下した原審判は、審理を尽くしていないものとして、取り消しを免れないものというべきである。
一 認定事実
一件記録によれば、次の事実が認められる。
1 抗告人と相手方は昭和59年5月15日婚姻し、同年10月に長女はる、昭和61年11月に長男一郎、平成3年3月に二女なつをそれぞれもうけたが、平成3年7月ころ別居した。抗告人は、別居中の平成4年、相手方に対し、和歌山家庭裁判所に、婚姻費用の支払いを求める申立てをし、同裁判所は同年8月21日、相手方に婚姻費用として毎月未成年者1人につき各3万円合計12万円の支払いを命ずる等の審判をしたところ、相手方は同審判に対し抗告をした。右事件が抗告審に係属中の平成5年2月15日、抗告人と相手方は、和歌山家庭裁判所において調停離婚した。その調停条項中には、未成年者3名(各本件事件本人)の親権者を母である抗告人と定める、抗告人は前記抗告審に係属中の婚姻費用分担審判の申立てを取り下げる、相手方は抗告人に対し、離婚に伴う解決金(過去の婚姻費用の分担金を含む。)として、130万円を支払う、未成年者3名の養育費については和歌山家庭裁判所の家事調停、審判に委ねる旨の条項が存在する。
2 離婚後、抗告人は、事件本人らと暮らし、自らは物品のパート販売員として勤めて月額6万円ないし10万円程度の収入があり、事件本人らについての児童扶養手当を1か月当たり4万5860円受給しているものの、日々の生活費・家賃(5万円)・事件本人らの習い事の費用・生命保険の掛金・国民健康保険料や国民年金保険料の支払い・自動車税のほか自動車についての損害保険等の費用がかさみ、どうしても1か月当たり10万円位不足するので実家の父母より月々10万円の援助を受けてようやく生活している状態である。
3 離婚後、相手方は実父所有地の上の自己所有の家屋で1人で暮らしている。相手方は、原裁判所において、「従前勤めていた○○株式会社を、夫婦間の問題が発覚して好奇の目で見られたり、事実上降格させられたりして平成5年4月23日同社を退職せざるをえなかった。その後、求職活動をしているが、一旦就職する以上は長く勤務できる会社に就職したい。長期的に働くことができるような適当な勤務先が見つからない。失業保険の受給手続中であり、その保険が出れば生活費として相手方の親に全額渡すつもりである。」旨を述べたが、その後も未だ失業中であり、月15万円程度の失業保険を受給して職探しをしている状況である旨を述べている。
二 以上認定の事実及び一件記録によって、当裁判所は次のとおり判断する。
1 その述べるとおり相手方が負債を抱えているとしても、親の未成熟子に対する扶養義務は、親に存する余力の範囲内で行えば足りるようないわゆる生活扶助義務ではなく、いわば一椀の飯も分かち合うという性質のものであり、親は子に対して自己と同程度の生活を常にさせるべきいわゆる生活保持義務なのである。したがって、基本的には、親である相手方が負債を抱えていたとしても、後記説示のとおり自らの生活が維持されており、債務の弁済すらなされている以上、未成熟子である各本件事件本人の扶養義務を免れる余地はないものというべきである。負債を抱えていることは、考慮すべき諸般の事情のうちの一つであるにすぎず、その返済のため経済的余裕がないからとして、直ちに未成熟子である各本件事件本人に対する具体的養育費の支払義務を否定する根拠とはならないのである。本件のように、仮に親の援助であるにもせよ(この点についての客観的証拠はない。)、結論として、自己の生活を維持し得ているばかりか、負債の返済を毎月相手方において行っており(一件記録によれば、これまでに、この返済を遅滞した形跡は認められない。また、相手方は、何かと親の援助を受けてこの支払い等をしている旨を原裁判所において供述しているが、この点についての客観証拠も一件記録上全くない。)、しかも、自己資産としての家屋を○○市内に有し、これに単身居住している(この家屋は、新築後間がなく、固定資産評価額も平成5年4月当時で624万9000円にのぼっている。以上の点は記録上明らかである。)場合はなおさらというべきである。
2 抗告人は、相手方が退職したのは、調停離婚成立後、相手方が、養育費の支払いを別途に和歌山家庭裁判所から命じられることになることを予想し、これを回避するためにしたものである旨主張する。
前記認定事実のほか一件記録上認められる本件申立てに至るそれまでの経緯、相手方が退職後、6か月経過後も未だ就職先が見つからない旨を述べていること等に照らせば、抗告人の主張もあながち否定し去ることはできず、この点を解明するには、なお下記の点につき、調査、審理を尽くす必要がある。
(一) 原審判は、相手方が降格させられる等で退職せざるを得なくなり、平成5年4月23日退職した旨認定しているが、その根拠となったのは、相手方自身の陳述のみであるとみられる一方、果たして相手方が降格させられたものかどうか、果たして退職が止むをえないものであったのかどうか、退職金等の収入はなかったか等についてみると、これを裏付けるべき客観的資料は一件記録を精査してもこれを見出すことができない。すべからく、原審は右の退職の原因及びその実情等の詳細につき、さらに審理をするべきである。
(二) 次に、前認定のとおり、相手方は、その後も続いて失業中であって月額15万円程度の失業保険を受給して職探しをしている状況である旨を述べている。しかし右失業保険受給の事実及びその給付額を明らかにする客観的資料はない。また右の供述は、相手方が失業したとする時期から半年以上も経過した後のものであり、相手方自ら多額の負債を抱えているというばかりでなく、未成熟子である各本件事件本人を養育する義務を免れないのであるから、いまだ僅々30歳を超えたばかりの若年である相手方が、右の間、全く無職・無収入の状況のままその日常を推移していたものかどうかは甚だ疑問であるとしなければならない。したがって、相手方がいわゆるアルバイト的仕事にさえも従事していなかったのかどうか、或いは、相手方がその就職先を探すため具体的にいかなる努力をしていたかどうかを、さらに、調査、審理すべきものである(新たな就職先を探す努力の程度は、前記退職がやむを得なかったものかどうかを判断するに当たっての重要な事情である。)。
(三) 原審は以上(一)、(二)の点を中心とした相手方の日常生活の実情及びその推移を、相手方の供述をそのまま採る以前に、調査、審理し、相手方の退職が抗告人主張のとおりであると推認される場合はもちろん、そうでない場合でも相手方の新たな就職先を探す努力の程度内容、状況如何によっては、相手方の潜在的労働能力を前提にして、本件養育費を算定することの可否及び当否をも検討すべきである。
3 また、相手方は失業保険(雇用保険)を受給中というのであるが、失業保険の給付は、現実的には、失業者本人のみでなく、その家族等の生活の維持に対し一定の役割を果たしているのであって、このことは当裁判所に顕著である。したがって、原審は、相手方が受給したという保険給付金に関する詳細な事実関係を調査し、その結果を前提にして本件養育費を算定することの可否及び当否も検討すべきである。
第三 以上の次第で、原審は、上記各指摘の諸点につき、審理を尽くしていないものというべきであるから、原審判を取り消したうえ、上記の諸点及び記録上何ら客観的証拠のみられない相手方の各供述等につき、さらに調査、審理を尽くさせるため、本件を和歌山家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 仙田富士夫 裁判官 竹原俊一 東畑良雄)
別紙 即時抗告申立書<省略>